友人たちの女子力に敗北感
こんにちは、なる子です。
友人の家でのランチ会が素敵すぎました。
美味しいご飯と楽しいおしゃべり。
それにしても、この食卓。
家庭を持てる女子力とは、こういうことですよ。
一緒に行った友人も、さらっと着物を着こなしちゃうような、趣味人なのです。
差し入れがライ麦パンとチーズって。それどこで手に入るの、日本なの!?
話をしていて、もしかして私に才能があるとしたら質素倹約かもしれない、と思いました。そんなことあまり自慢にはならないけれど、少ない給料でも貯金する方法は、スキルかもしれない。いろんなものを諦めなきゃいけないけどね。
ああ、やはり、女子力では完全に敗北している。
でも、いいの。だってそんな素敵な人たちが友達で、超幸せ。ありがとうともだち。
ああ、美味しかった。ごちそうさまでした。
本当にあった怖い話 in 中国
さて、友人たちはまだ幼いお子さんたちを育てるワーキングマザー。
自然に子育ての話になったりします。
私は独身で子どももおりませんが、子育て系の仕事は多岐に渡りしてきたので、なんとなく話が通じるところもあります。
さらに、留学時代の日本人仲間ということもあってか、グローバルな視点を持っていて、話をしていてもとても面白い人たちです。
そこで、日本がいかに平和か、という話になりました。
皆、海外生活経験者なので、日本人の小学生が、ひとりで登下校するということが、世界的に見てどれだけ異常な平和状態か、ということを知っています。
公園で子どもを遊ばせている時だって、親がスマホやおしゃべりに気を取られ、十分に見れていないことだってあります。
それでもなんとかなっているのは、本当に日本が平和だから。
親類が、中国に駐在で暮らしていて、どれだけ子どもから目を離すことができないか、という話を聞きました。
間違えました。
どれだけ一瞬足りとも手を離すことができないか、という話でした。
中国では誘拐事件が深刻な社会問題なのです。
人身売買と臓器売買が主な目的だと言われています。BBCの映像で、誘拐され、貧しい農村で奴隷として働かされる子どもたちを見たことがあります。
同じ地球上とは思えない悪行。人間とはかくも醜いものなのか。なんと自分は恵まれて育ったか、と幸運に感謝。そんなこんなで人を疑うことが苦手なおめでたい平和主義者に育ったのです。
とにかく、中国で子どもの誘拐は日常茶飯事。ある報道では、脱北者の女性が農村に売られるというドキュメンタリーを見たこともあり、恐ろしいとは思っていましたが、本当にあった話を聞くと、怖くて絶対住めない。と思いました。
それは、中国国内の某大都市、某北欧系大型家具店で買い物をしていた時のこと。ある家族の子どもが店内で誘拐されたというのです。
店舗は、即座に全ての客を閉じ込め、店を封鎖。
必死の捜索活動の結果、お子さんは無事に見つかりました。
トイレの個室で、頭を丸刈りにされた状態で。
髪型は捜索の時に頼りにする子どもの特徴の一つ。一見してわからなくするため、髪の毛を刈られていたというのです。
こっわぁぁ!!
中国では、ベビーカーごとでも簡単に連れ去られてしまうとのこと。
子ども育てるの、命がけ。
欧米では、学校の送り迎えは当たり前
日本の保育園では、保護者の送り迎えは当たり前。しかし小学生に進学すると、登下校は子どもたち自身の力で行うことになります。
多少、登下校班があったりと、なるべく一人にならないような声かけや仕組みづくりをしてはいますが、基本的には自力。
しかも、下校後はランドセルを家に置いて、「行ってきまーす。」と近所の公園や友達の家に子どもだけで遊びに行ったりもしています。
これ、欧米ではありえない。
小学生が、大人と離れて行動するなんて、ありえない。留守番だってありえない。
もし放置すれば、ネグレクト(虐待)と見なされ、親が逮捕されるケースだってあります。
そこで、ベビーシッターを雇うことになります。
だいたい近所の高校生がアルバイトでやっているのが、アメリカです。
イギリスはどうかな?似たようなものだと思いますが、ベビーシッターは日本人留学生がよくするバイトの一つです。
私もしたことがあります。プリスクールや小学校にお迎えに行き、お家でご飯を食べさせ、一緒に遊び、寝かしつける。ついでに家事のお手伝いなんかも仕事に含まれていたりします。
鍵っ子で、お父さんお母さんのお仕事が終わるまで、ひとりでお留守番なんてことは、欧米ではありえないのです。
だから、外国籍の保護者の家庭で、「小学生のうちはお迎えを考えています。」というような方がいても私は驚きません。
放課後児童クラブに通う子どもたち、いわゆる学童期は、子どもとしての自立を目指す期間です。自分で鍵の開け閉めができたり、お留守番ができたり、という生きる力をつけるまでの猶予期間なのですが、「3年生でもお迎えです。」という一見過保護かな?と思うようなことでも、それは、文化も違うし、保護者のポリシーなので、別にいいのです。
逆にびっくりするのは、あんなに「うちは必ずお迎えです。」と言っていたご家庭が、「ひとりで帰らせてみようと思います。」と言い出し、本当にそうなることがあることです。
「え?本当ですか?大丈夫ですか?いいんですか?ご実家のおじいちゃんおばあちゃんに反対されませんか?」と根ほり葉ほり聞きたくなっちゃう。
推測するに、まず、子どもたち自身に「友達と一緒に帰りたい。ひとりで帰りたい。」という気持ちが芽生えてくるということ。
そして、両親が子どもの訴えを聞き入れ、ポリシーに反することを認めてもなんとかなっちゃうくらい、日本が平和だ、ということなのです。
さてついに、本当に平和だった平成という時代の幕が下りようとしています。
次の年号も、平和であってほしい。今、自分の力で帰宅している子どもたちの、未来の子どもたちも同じようにひとりで帰宅できますように。公園で遊んで、17時の音楽で「バイバイ、またね〜。」って言い合う、穏やかな日々がどうか続きますように。
切に切に、祈らずにはいられないのですよ。
本当に。