新年度が始まりました。新しい場所へ入学、異動などある方もいらっしゃることと思います。
気持ちも新たに、まっさらな所から始めようと期待に胸を膨らませる、そんな季節ですよね。
もう昔話になってしまいますが、私は美術系の大学に進学しましたので、「受験勉強用のデッサンではない、自分の絵を描くんだ!」と鼻息荒く意気込んで入学しました。
今日はそんな美術系の人にぐさっと刺さる、そうでない人にも何か通じるものがある、1冊の絵本を紹介したいと思います。「わたしを描く」です。
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「わたしを描く」
主人公のウロは絵を描くのが大好きな女の子。
ある日、お父さんに連れられて画材屋へ行き、ウロと同じ名前のキャンバスを手に入れます。
自画像を描くことにするのですが…。
という始まりのお話です。
ウロの気持ちの動きが本当にリアルで共感できるのです。
白いキャンバスを「もったいない」と言ってなかなか描き始められないウロ。
両親に色々言われて描き始め、必死に描いて完成した作品を褒められて満足したウロ。
なのに、次の日見てみるとなんだか絵の具はドロドロで、「こんなの見せられない!」とカーテンで隠してしまうウロ。
何度も何度も描き直しても納得いく絵に仕上がらない自画像。
「いい加減にしなさい」とお母さんに捨てられた絵を必死に探して取り戻すウロ。
ラストは解釈が人によって違うんじゃないかと思うので、そっとこの辺であらすじの紹介を終えますが、まるで過去の自分を見ているような。いやいや、まだまだこういうことって人生にあるような、そんな読後感でした。
思い出すのは、高級で大判の麻紙を綺麗にパネルに貼ることができて壁に立てかけ、「これより美しいものを生み出すことはできない」と呆然と立ち尽くしたあの学生の頃。
いまだに、何かを始めようとする時に、自分への期待が過度に大きくなってしまったせいで、なかなか踏み出せないでいたり、うまくいかなくて地団駄を踏む思いをしたり。
絵は自分の未熟さをそのまま浮き彫りにしてくるので、だんだん辛くなっていってしまって、私はその苦しみを乗り越えることができなかった。
なのに、この絵本の中の主人公、ウロは狂ったように描き続けていた。
私は、これまでウロのように絵に向き合えただろうか。
できなかった。80色の色鉛筆を「もったいない」って言って、いつまでもいつまでも使えなかった。
本当に本当に悔やまれる…!
あの頃の私へ。
短くなるまで色鉛筆も使い切れ!
スケッチブック埋めろ!
絵の具をケチるな!
いい絵が描けなくても諦めるな!もう一枚描け!
「絵を描くのが好き」ってなんだろうって考えてしまいます。
うまく描けない自分と向き合うのは楽しいことではない。
好きなのに苦しい。こんなことってあるのか。
「わたしを描く」は、純粋に「絵を描くのが楽しい!」と落書きしていた幼い頃とは違う、苦しさを伴う成長の物語です。
実在した画家を描いた伝記絵本って数々あるのですが、この絵本ほど画家の葛藤、苦しみ、喜びを描いているものってなかなかないと思います。何か夢中になるものがある人はそれが絵でなくても伝わってくるものがあるでしょう。
曹 文軒 作、中国の児童文学作家です。
2021年のボローニャ・ガラッツィ賞フィクション部門受賞
2024年2月に日本で発売されたばかりの絵本ですが、もはや不朽の名作の予感。
白いキャンバスを前に、どう踏み出したらいいかわからない人へ。
背中を押してくれる一冊になるのでは。