とある日の電車の中で、マダム2人がアート談義していたもんだから、聞き耳を立ててしまった。
A「具象画はね、わかりやすいけど、抽象画は見ただけではわからないこと多いでしょう?」
B「そうねぇ。感性が合う合わないとかもあるじゃない?」
なんともぼんやりした内容で、どうやら2人とも絵を見ることは好きみたいだけど、すごく詳しいというわけではないみたい。まあ、でも具象画と抽象画の違いがなんとなくでもわかっているのは、きっとアート好きなんだと思う。
A「ほら、DHCだかDICだか、閉館しちゃうじゃない?」
B「ああ、千葉のね。」
A「そう、佐原?にある」
B「ああ、佐原だか佐倉だったか、どっちだかねぇ」
A「私、あそこでマーク・レスコの特別展があった時に行ったことがあるのよ。」
B「ああ…」
話は、来年1月に閉館すると発表したDIC川村記念美術館の話題に。ワイドショーなんかでも取り上げられたのかもしれない。閉館発表は私の周りのアート業界の人もざわついた(アート好き界隈では)ビッグニュースだ。
Aのおばちゃんの言う固有名詞が少しずつ惜しいのをBのおばちゃんがさりげなく訂正していく。美術館が佐倉市にあることを知っているよう。マーク・レスコではなくマーク・ロスコであることは訂正してくれなかったけど。
A「私、もう一度行きたいと思っていたのよねぇ」
B「閉館する前にね。」
A「ねえ!一緒にいきましょうよ〜」
B「いいわね〜」
そうだ。私も行かなければ。見納めに。
このブログは、たまにアートのことを書くけれど、基本的には子供向けの手作り工作記事で成り立っているブログなので、この話題にどれだけの人が興味あるのかわからないけれど、DIC株式会社(旧大日本インキ化学工業株式会社)の私設美術館で、知る人ぞ知る川村記念美術館の閉館ニュースは、日本人がアートを、文化を守りきれなかったという悔しさが滲む象徴的な出来事で、大変大きな衝撃であったのです。
そもそもは1990年開館という年代から見て取れるように、バブルの権化のような登場の仕方だったのかもしれません。千葉の平らな田舎の風景の中に突如現れる欧州風の庭園を備えた城のような美術館。
レンブラント、ピカソなどよく知られた巨匠たちの名画だけでなく、特にアメリカの20世紀アートのコレクションが充実しているのが特徴です。
現代アートのことなんてさっぱり知らないし分からなかった高校時代、美術の先生がおすすめの美術館として川村記念美術館を挙げ、貸してくれた本が「なぜ、これがアートなの?」でした。
対話型鑑賞を実践しレポートした本で、一方的に学芸員が作品解説をするのではなく、「何が描かれているのかな?」「アーティストはどんなことを考えたのかな?」「あなたはこの絵を見てどんな気持ち?」など質問を投げかけることで能動的にアートを見るきっかけをくれる鑑賞の方法です。
私は、美術館博物館は大人が静かにいる場所というイメージが強い中、子供たち向けの鑑賞ツアーを全国的に広げた(本当に広がっているかどうかは謎だけど!)功績は特筆すべきところだと思っています。
以前紹介しましたが、子どもたち向けのアート鑑賞をワークシートで実現しているのが↓の記事で書いたテート・モダンのキッズアクティビティ。
テート・モダンの中でも必見のロスコ・ルームを舞台にしたキッズ・アクティビティ。こちらの記事でももちろん紹介しているのですが、ロスコ・ルームがある国はイギリス、アメリカ、そして日本だけ。DIC川村記念美術館にロスコ・ルームがあるのです。
他の部屋よりも照明を落とし、ロスコに絵画に囲まれます。
静かに絵と対峙し続けると、だんだん色彩がクリアになってきて、そのまま目に焼きついてしまう。
多くの人がロスコ・ルームで特別なアート鑑賞体験をして、ロスコの魅力にハマるのです。
バブル云々は置いといて、改めてよくぞこんな名作を日本に持ってきたなと思います。
以前からDICは赤字補填で名作を売却してきたとのこと。日本のコレクターに買ってもらったものもあるようですが、海外に流出したものもあるのかも。日本では今、川村記念美術館を残して欲しいという署名運動も起きています。佐倉市長も残してほしいと声明を出したほど。しかし企業方針は海外ファンドなども含む株主の意向が強く反映されますから、覆すのは難しいかもしれません。
そもそも、あまりにも辺鄙なところにありすぎて、周りに特に何かあるわけでもなく、いくら良い企画があっても、いくら送迎バスが充実していても入館数は多くなかったはず。
しかも館内写真撮影禁止をずっと続けてきたが故に、SNS全盛期も新規来館者獲得を逃し続けたのではないかと推測しています。
最後の企画展となってしまった西川勝人さんの「静寂の響き」展へ行ってきました。
西川さんはドイツに拠点があるアーティストで、私は初見でしたが、知人は昔からファンだと言っていました。素材の追求がキーワードでもあるミニマルアートの系譜を持ったアーティストという印象があります。
自然と建築からインスパイアされた作品群が、川村美術館の空間をどう使うかよく考えておかれたことがわかります。
迷路のようになった部屋では人工の光が全く使われていませんでした。
天窓から優しく自然光が入る構造になっており、その光だけで鑑賞します。
彫刻作品だけでなく、空間が、入ってくる光が、刻々と移る時間が、全て作品なのだとわかる展示でした。それが実現できる建物…すごい。
平日に行きましたが、見納めだと思う人は少なくないようで、京成佐倉・JR佐倉駅とを結ぶ送迎バスも、東京駅直通の高速バスも満席でした。
閉まると聞くと行きたくなっちゃう心理はなんだかなぁという気持ちもありますが、私もその1人。これまで川村記念美術館を支えてきた人たち全員にありがとうを伝えたい気持ちなのです。実際、受付も監視員もバス停の案内もみんな親切で温かな気持ちになりました。来館者数の多くない美術館でずっと良い企画を生み出してきた学芸員さんにも、その功績を讃えたい。
今閉館を控えて激混みなのですが、本来これくらい評価されて然るべき美術館だったと、関係者の皆様には誇りに持っていただきたいと思ったのでした。
さあ、しかし。
川村記念美術館の閉館は、DICの経営不振だけの問題では終われません。
もっと根深い、日本の文化の敗北が見えるから、ツラいのです。
バブル期の美術品購入は税金対策でもあっただろうと思いますが、それでも資産運用目的にただ所有するだけなのではなく、新しいアートに投資し、美術館を建て、上質な鑑賞体験を提供することを当時考えた人がいるということ。これは金銭的な豊かさだけが実現できることではなく、文化的豊かさが叶えたことなのだと思うのです。
今、公立の美術館・博物館は法人化されて入館料で稼がなければいけないという大変厳しい現状にあり、しかも指定管理者制度の導入もあったりで、あまり大きなことは期待できない残念な状況です。
知人は「この国でアートを続けることの苦しさ」を嘆いていました。
器用な人が多い日本では、絵を描いたり、手作りしたりすることが好きな人、得意な人は多いのだけれど、鑑賞することについては弱いと感じてしまいます。
アートは個性と=(イコール)で結ばれがちではあるけれど、過去のアートに影響を受けながら新しいアートが生まれていく、つまり脈々と受け継がれているという側面があり、その流れ、美術史を知るとより一層楽しくなるということがあります。
私もまだまだ知らないことが多いし、もっと知りたい。美術館はそういうことが知れる場所だし、やはり世界のアートが欧米のアートの系譜を受け継いでいるからには、その本物が見られる機会、川村記念美術館のようなコレクションはとても大事だと思うのです。
不景気でコレクションを手放す企業
海外流出を止められない公立美術館
衰退する美術教育
ガラパゴス化していく日本のアート業界
敗北感が漂う美術館閉館
いや、私の感覚が古くて、一つの時代が過ぎ去り、次に向かう過程なのかもしれない。
何はともあれ、閉館ニュースで初めて興味を持ったよ、と言う人も遠慮なく行ってほしい。
とても混んでいるので、特に土日はレストランの待ち時間が長くなってしまうらしいのでお弁当持ち込みもあり。
私は佐倉駅の送迎バスのバス停と反対側の出口にあった美味しいパン屋さんでランチを買って美術館のお庭で食べました。晴れていれば芝生の広場とかでのんびりするのもおすすめなのです。
東京駅との直通高速バスは一日往復1便ずつ。土日はバス2台で運行のこともあるみたい。
ギリギリだと定員オーバーになることもあるみたいなので、少し早めに並んでおくと良いよ。
周りに何にもない美術館ですが、佐倉駅近くには国立民俗博物館がありますし、期間によっては川村から千葉市美術館に行けるバスもあるらしいので、はしごするのもいいかもね!
なんだかまとめられず、ダラダラと書いちゃった。
ロスコ・ルーム行けて良かったな。ぜひ、皆さんも閉館前に行ってくださいね!