なる子もマーナルもニックネーム、ペンネームです。
気づいていましたか?そりゃそうですよね。
今日は名前についてのお話です。
先に断っておくと、キラキラネームの話はしません。
個人的な怒りの為に多少語気が荒くなっている箇所がございます。常々、品行方正に努めておりますが、今回ばかりはご容赦ください。
吾輩は人間である。名前は〇〇。
ファミコンで友達が増えたという話をしてくれた人が、
「日本人の名前は西洋人には難しくて、覚えてもらうことは難しい。」と言っていました。発音が難しいアジア人は呼びやすい通称を作ることは確かによくあります。
ファミコンの話はこちら↓
ちなみに、私はこのアメリカ人っぽいニックネームをつけるのが大嫌いです。
中学校の時に通っていた英語教室で、勝手に「Mary」というニックネームをつけられたことに事の発端はあります。
「は?メアリーじゃねーよ。元の名前どこにも残ってないし!」と心の中で憤りを感じていました。
そんな経験があったので、ロンドンではみんなが本当の名前で呼んでくれることが、とても嬉しかったのです。
と言っても、ヨーロッパ人は日本人の名前をうまく発音できないので、「ナルコゥ」とか「ナルーコ」みたいな感じになってしまうのですが、「本名はわかったけど、なんて呼べばいい?」とか「君のことはメアリーって呼ぶよ。」みたいなやりとりは皆無でした。移民が6割の都会だったからかもしれないですが。
じゃあ、あの中1の教科書の「My name is Kentarou. Please call me Ken.」みたいな例文はなんだったんだろう、と。
それは、アメリカに滞在した時にわかったのです。
「My name is Naruko.」
と自己紹介した後、長いから、という理由で「Nah」と呼ばれたのです。
「はぁ!?ナー、じゃねーよ!!なる子だって言ってんだろって!!」
とチキンな日本人は心の中で叫びました。
どうも、あのよくわからないニックネームをつける習慣はアメリカ文化の方にあったようです。
その後も色んな人と話をし、個人的なリサーチですが、英語風のニックネームを持っているのは大体アメリカ在住経験がある人たちです。
(ちなみにイギリス人は保守的なので、昔からあるトラディショナルな名前しか基本はつけないそうです。アメリカ人の方がキラキラネームが多い、と聞いたことがあります。)
先生と君
「〜くん」の呼称は、松下村塾に集まった身分の違う若者たちが対等な議論をすることができるように、と吉田松陰が「諸君」「〜君」と使ったのが今に残っている、と言われています。
松陰「先生」は一人称を「僕」とへりくだって言い、門下生を敬意を込めて「〜君」と呼んだ、とのことです。これが色濃く残っているのが「国会」というわけです。
「〜さん」は「〜さま」のくだけた呼び方なんだとか。
どうして学校では、「男の子は〜くん。」「女の子は〜さん。」となっていったのか、この辺がどうしても調べてもわからなかったのですが、私は「〜さん、〜くん」と呼びましょう、という時代に教育を受け、育ちました。
男女平等な呼び方とは
相手に敬意を持ちつつ、男女平等になる呼称を、という流れは最近強くあると思います。
すでに小学校では、男女ともに「〜(名字)さん」と呼ぶのが常識と言われています。
その流れを受けて、放課後教室などでも学校の方針に揃えた呼び方をするところが増えています。
いわゆる昔の学童保育では
学童は「第二の家」と呼ばれることもありますが、子どもたちにとって、とても近しい存在であることは間違いありません。
かつて、学童の職員は「ニックネーム」があり、子どもたちも「あっくん」とか「いっちゃん」、「まるちゃん」、「はまじ」とか、呼び捨てだったり、好き勝手に呼ばれていたと思います。昭和の家族のような関係性です。
これは聞いた話ですが、ある学童保育所で、お父さんがお迎えにきて、職員が「花子(仮名)、バイバイ!」と送り出したのだそうです。
これを聞いたお父さんはカンカンに怒ったそうです。
「父親である自分でさえ、娘のことを呼び捨てで呼んだことなんてないのに、何処の馬の骨ともわからぬ男が呼び捨てで娘のことを呼んでいる。どういうことだ!」…と。
平成も終わりに近づくと、「名前」に対する考え方も変わってくるのだと感じざるを得ません。
私が関わった子育ての現場では、勝手に子どもの名前を省略することはないように職員さんにお願いしていました。
(例)「花子ちゃん」→「花ちゃん」
子ども同士の呼び方トラブル
あるあるですよね。「鳴門金時って言って、〇〇さんが、私のことからかってくる!私の名前は、なる子なのに!」というやつです。
そんな時には、からかってしまった子に、こんな言葉かけをします。
「〇〇さんのお名前は誰が考えてくれたの?」
大概、「お父さんとお母さん」という答えが返ってきます。
「そうだね。〇〇さんが生まれた時、とっても嬉しくて、幸せになってほしいっていう気持ちでつけてくれたと思うよ。それくらい名前って大事なものだよね。」
大概の子はここで頷きます。
そう、みんな自分の名前が大事なのは知っている。
「〇〇さんの名前と同じように、なる子さんの名前も、なる子さんのお父さんとお母さんが一生懸命考えてつけた名前なんだよ。もし、なる子さんのお父さんとお母さんが、鳴門金時!って呼ばれているのを聞いたら、とても悲しい気持ちになるんじゃないかしら。」
ここまで伝えたら、大概の子は「ごめんなさい。」の気持ちになってます。
自分の名前と同じくらい、お友達の名前も大事にしようね。
最後に
このブログを書き始めるときに、やはり、本名は出せないな。という結論に達しました。ニックネームをつけることで、日々思っていることを好きに綴ることができます。
たくさんの人に読んでもらいたいけど、近しい人たちにはバレたくないなあ、なんて思っています。
本名でなくても「なる子とマーナル☆」が「けいことまなぶ」みたいな感じでより多くの人に知ってもらえるといいなあ、と思います。
スターをもらえると嬉しいし、読者になってもらえるのは感激です。
いつも、ありがとうございます。